
さて、平和憲法の話であるが、この名称、確かに耳障りは良いが、すんなりとは理解できない面もある。 護憲派の評論家が、世界で平和憲法を持っているのは、日本とコスタリカだけあると、よく誇らしげに例に挙げるのだが、それじゃ、他の国の憲法は、非平和憲法、あるいは戦争憲法であるとでも言いたいのだろうか。 こんなこと、とてもじゃないが、外国の友人には話せない。 少なくとも民主主義の国の中で、平和を求めていない憲法を定めている国などないだろう。 その前に、いつも思っていることで、このブログでも述べたことなのだが、「日本は平和憲法を持っています。」 という内容は、どのように英訳しているのだろうか。 もちろん、9条を長々と説明することは可能であるが、所謂、一言で使っている平和憲法のことである。 ただ、単に戦闘組織(軍隊)を持たないというのが平和であるのなら、確かに、コスタリカの憲法は、これに当てはまるかもしれないが。 国民の自由や国の平和を維持することが、どんなに大変なことであるかということが、おそらく、私も含め、多くの日本人が理解していない部分であろう、いや、歴史的な背景から、理解できないと言ったほうが妥当であろう。 誤解されては困るのだが、9条の理念、それ自体は、非の打ち所がないと思っている。 国際紛争に対しては、決して武力は行使しないわけである。 ただ、平和憲法だけでは、平和を維持することはできなかったし、これからもできないであろう。 外交も含め、あらゆる手段を駆使しないことには無理なのである。 また国際紛争という以上、相手国があるのである。 そして、この憲法を守る義務があるのは日本側のみであることは明確である。 ここに、大いなる矛盾点がある。 確かに、我々は、何があろうとも、憲法の規定で実力行使はしません、という外交姿勢で臨めば、不必要な武力紛争などに発展することは少ないだろう、しかしながら、絶対ないとは言えない。 特に、韓国、中国、ロシアとの領土問題、北朝鮮問題などを見ていると、反論される覚悟で私見を述べると、うまく、この平和憲法が利用されているような感じがする。 だって、どんな強引に島を占領しようが、地下資源を奪おうが、ある意味、日本は何にも怖くないのである。 今回はこれくらいで。
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