
応用化学科の就職担当をしているが、もうすっかり「就活」という言葉が根付いている。 最近は、「婚活」や「終活」、はたまた「転活」や「朝活」などという表現もあるようだ。 ただ、個人的には非常に疑問に感じている。 就職や結婚、そして自分の死のような、個人的なマターを、どうして社会的なイベントにしてしまうのだろうか。 社会的なイベントになるとマジョリティが基準になってしまう。 ここで、何が起きるのかというと、そのマジョリティに近いのが、良いこと、正しいこと、幸せなことで、離れてしまうと、良くないこと、正しくないこと、不幸なことという価値判断ができてしまい、自分なりの価値の尺度を持てなくなってしまう。 さらに、現代のようなネット社会では、その基準さえも意図的に作り上げられる可能性も大きい。 常に、周りの状況が気になって仕方がない学生も増加している。 グローバル化や多様性などと言いながら、実情は、皆で日本でしか通用しない基準作りに精を出している。 ある意味、皆で同じ時期に休みを取るゴールデンウィークも同じ発想かもしれない。

多様な価値観が許容されるアメリカの大学
From Face Book: A job hunting is considered as the social event.